開聞岳登山2016年02月25日

薩摩半島の南端に薩摩富士といわれる、山がある
平地にそびえている山なので 独立峰なので 1000メートル切る 低い山だけど 正確には924メートル
その姿は堂々としていて美しい

まだ学生の頃
母と妹と 私と彼の4人で その山に登った

頂上からの景色は思った通り素晴らしかった
360度見渡せて、遠くは種子島 屋久島まで見えることもあるそうだ

夫が亡くなった後、その時頂上で撮った写真が妹から送くられてきた

下山するとき、彼と私は楽しそうに歌いながら歩いていたと
いうコメント付きで

覚えていなかった

オケでその時練習していたのを歌っていたかもしれない、そうだったかもしれない 

でも、覚えていない

家族と一緒に登ったけれど
二人の世界だったんだろうなあ
楽しかったんだろうなあ

開聞岳も、山麓までは良く行くけれど、
あれ以来、登ったことがない。

千林が島2016年02月25日

指宿に魚見岳と言う山がある。
魚見岳は指宿の平野の海際に、215メートルと低いけれど 片側は断崖になっていてそそり立っているイメージの山
指宿カルデラの外輪山らしい、
ハングライダーが山から 指宿平野に向かって
飛んでいる光景を見ることができる

その山の直ぐしたに 二つの島がある
小さい方が小島
少し大きいのが千林が島 周囲3キロの島 
松の木で覆われていた島だったけれど、松食い虫の被害で松の木は、もう枯れてしまったと、聞くけれど、どうなのだろう。

田良浜沖 900メートルに位置する千林が島は
トンボロ現象が見られで 潮が引くと 歩いて渡ることができる
フランスのモンサン・ミッシェルとかを想像してもらいたい


たった一度だけ 千林が島まで渡った事がある
学生の頃 遊びに来ていた彼と

実はその事を良く覚えていなくて 

彼が荷物を全部持ち
ズボンを膝上までたくし上げている写真を見て
渡ったことがあったかな、そういえば、 ぐらいの記憶しかない

私が細い目をますます細くして帽子をかぶって笑っている写真があるけれど 照らし合わせると その時の写真のようだ。 交互に撮ったんだろう。きっと

若くて、まだ 何も将来なんて考えてなくて ただその日、その時を過ごしていた頃、
良く彼が私の実家まで遊びに来ていた
いつぐらいから、来るようになったのだろう?
ご飯を食べて、そして、やがては泊まって帰るようになっていた

結婚してから、砂州の近くまでは行くけれど、歩いたことがない、
子供達とも歩いたことがない
機会がなかったのだろうけれど
どうして、あれ以来歩かなかったのか、今不思議に思う。

学生のあの日、歩いたことを良く覚えていないから
あの砂州を魅力的に感じなかったのだろう、きっと。だから
もう歩きたいと、思わなかったのかもしれない
40年以上前の あの日、歩いた、あの記憶、
鮮明に思いだしてみたい、
夫に聞くと、思いだしてくれただろうか。
それとも私と同じで あまり覚えていないのだろうか、
聞いてみたい、

友人の死2016年02月25日

大学サークルで親しかった友人が亡くなったことを
彼の奥様からの年賀欠礼の葉書で知った

4年前の話

大学時代の思い出の数々が 遠くに行ってしまった感じで
寂しく思った
気が抜けた感じもあった

でも、彼の奥様の気持ちまでは推測できずにいた

夫が亡くなった今
私の人生のほとんどが
忽然と無くなってしまった感じで
生きている意味すら失いかけてしまっている

助けて欲しい
でも誰も私を助けられない
一人で乗り越えるしかない きっと乗り越えられる

夫とのたくさんの楽しい思い出 嫌な思い出
老後心配無く暮らせる お金も残してくれている夫
何も要らない、だから 戻ってきてくれないなあ