お姑さんの日記2016年03月06日

夫のお母さん、 去年13回忌を済ませました。
夫も、勿論一緒に。

お姑さんは明るく 責任感が強く 良くできた人でした。

お姑さんの日記を 夫の実家から持ってきていた。
退職後は夫と写真や本などを整理しながら一緒に読もうと、思っていた。
今日、一人で読んだ。

5行ほどの短い、3年日記。 出来事を綴っていて 感情的な事はあまり書いていない。
呆け始めているのではないかと いうおそれの文章が晩年にはみられて 徐々に空欄が増えていった。
離婚して帰ってきた娘(義姉)の心配
年金での生活のお金の不安
夫の弟の娘を下宿させた時の心配
それぐらいが思いを書いた事で
あとはその日何をしたかと記録が主な日記で
時々のニュースからだったり、新聞の切り抜きだったり
そんな時の情勢もわかるような書き込みもあった。20年以上は書いていたみたい

日記なんて3日坊主の私は いつも感心していた
泊まりに行った時寝る間に 机に向かって書いている光景を目にした

私や私たちの記述もあった。
お小遣いをもらって、感謝とか、ごちそうしてもらって感謝とか 
そんな風に 感謝の言葉をいっぱい書いてもらっていた。


お姑さんの心配事を聞いてあげればよかった。
今、思うことであって 当時は子育てや自分の事で忙しかったから
振り向く余裕がなかった でも 申し訳ないと、今思う。
お姑さんの写真に向かって、ごめんね、と言う、 やさしい目で 
あなたには良くしてもらって、ありがとう、 って声が聞こえてきそうだ。
そんな人だった、
夫といっしょにお母さんの日記を読み 自分たちの時代を振り返りたかった

お姑さん2016年03月06日

義姉が車で1時間ほどかかる病院に入院したとき
お姑さんは毎日のようにバスで通っていた
義姉が来てくれと頼んでいたのか、お姑さんが行きたがったのか
義姉の要望だったような気がする

そんなお姑さんを見かねて 車で何度か送り迎えしたことがあった
お昼はおにぎりとか持っていくと、聞いたことがあったので
お弁当を作ってお姑さんに渡したこともあった

車の中で お姑さんの娘時代の事を聞いた
実母は早くなくなり 養女になって親戚の家に行ったこと

遠慮しながら 過ごした様子
女学校へ通った通学列車の話
結婚して 心臓の弱いお姑さんのお世話をしたこと
お姑さんに色々教わった事
息子も聞いたことがないと思う、そんなお姑さんの話を聞いた
離島で暮らした時、船に酔って、島での生活が嫌で町に転勤になったときは嬉しかった、と言う話は、聞いていてこちらまで晴れ晴れなるようだった

血液の病気が、わかり入院、
病気の所為でもあるのだろうけど認知が進んできた

毎日お姑さんの病院へ食事の世話に通った
私の事はわかってくれた
それと息子(私の夫)も
夫が単身赴任先の離島から月に2かいほど帰ってきた
お姑さんは 息子に会えるのが何より嬉しかったみたいだ
看護師さん達が むすこさんの顔を見ると 元気になるのが良くわかります、って言っていたから


2年ちょっとの入院生活ののち 息子に最後は看取られて亡くなった
お姑さんは 立派だった
私にもしっかり 看病させてくれたし 心構えの時間も与えてくれた

若いときは お姑さんとの会話も日常会話だけで終わっていたけれど
昔話を聞く時間を持てたり 
お姑さんとの関わりには後悔は一つもない