お姑さん2016年03月06日

義姉が車で1時間ほどかかる病院に入院したとき
お姑さんは毎日のようにバスで通っていた
義姉が来てくれと頼んでいたのか、お姑さんが行きたがったのか
義姉の要望だったような気がする

そんなお姑さんを見かねて 車で何度か送り迎えしたことがあった
お昼はおにぎりとか持っていくと、聞いたことがあったので
お弁当を作ってお姑さんに渡したこともあった

車の中で お姑さんの娘時代の事を聞いた
実母は早くなくなり 養女になって親戚の家に行ったこと

遠慮しながら 過ごした様子
女学校へ通った通学列車の話
結婚して 心臓の弱いお姑さんのお世話をしたこと
お姑さんに色々教わった事
息子も聞いたことがないと思う、そんなお姑さんの話を聞いた
離島で暮らした時、船に酔って、島での生活が嫌で町に転勤になったときは嬉しかった、と言う話は、聞いていてこちらまで晴れ晴れなるようだった

血液の病気が、わかり入院、
病気の所為でもあるのだろうけど認知が進んできた

毎日お姑さんの病院へ食事の世話に通った
私の事はわかってくれた
それと息子(私の夫)も
夫が単身赴任先の離島から月に2かいほど帰ってきた
お姑さんは 息子に会えるのが何より嬉しかったみたいだ
看護師さん達が むすこさんの顔を見ると 元気になるのが良くわかります、って言っていたから


2年ちょっとの入院生活ののち 息子に最後は看取られて亡くなった
お姑さんは 立派だった
私にもしっかり 看病させてくれたし 心構えの時間も与えてくれた

若いときは お姑さんとの会話も日常会話だけで終わっていたけれど
昔話を聞く時間を持てたり 
お姑さんとの関わりには後悔は一つもない

島原2016年03月08日

島原で子供が二人生まれた
長女、昭和54年
長男 昭和56年

夫と対話らしい対話もせずに 子育てで忙しかった

島原には鹿児島から母が良く、子育ての応援に来てくれた

長崎のお姑さんも 時々来てくれた