チェルノブイリの祈り2022年07月09日

チェルノブイリの原発事故が1986年4月26日に起こった。 原発事故がどれほどのものであったのか 報道されていたし 原爆症にかかった子供たちが日本で治療を受けている話も聞いたけれど 当時、子育て真っ最中の私は よその国の大変な事故ぐらいの認識だった。そして今それも忘れかけていた。 25年前の過去の話として、 高橋源一郎の飛ぶ教室で戦争は女の顔をしていない、 とか 亜鉛の少年たちの 本を紹介していた。ロシアのウクライナ侵攻もあり。 すぐ近くの図書館で 本を借りているのだけど 小さい図書館だから 蔵書数も超少ない。でもリクエストしたら 市内の図書館、すべての蔵書の中から借りることができるので いつもはそうしている。 でも、今回地元図書館に 返却に行ったとき もしかして スベトラーナ アレクシェービッチの本が、あるかな、と検索したら、なんとありました。 チェルノブイリの祈り、が。 本棚の一番下にありました。本が古いせいか 少しにおいがありました。 聞き語りです、幾人もの人の話が次々と出てきました。 とても25年前の出来事のようには思えない、ついこの前のつい昨日の話のように 人々が話している声が聞こえてくるようでした。 このような話は  過去の出来事ではなく いつまでも今の出来事なんだ、と読みながら感じました。最初の若い妻の話を読むときは涙があふれてとまりませんでした。 読み進むうちに 慣れ、、?でしょうか、 淡々とあるいは感情をストレートにぶつけたりと、話す話に 涙なく、読んでいました。 彼らの思いを受け止めることが 語ってくれた彼らに応えることなのだと わかったせいでもあったのでしょう。 ソ連、ロシア、ソ連から独立した周辺の国々がいかに大変な時代を生きてきているのか 今回のロシアのウクライナ侵攻も その昔からの流れの中で くすぶっていて それが 時を得て行われた侵攻であるのかも ということも  チェルノブイリやその周辺の村の住民の様子の行間から、少し垣間見えたようにも思える。 日本は今 電力不足で原発の再稼働を考えたらどうか、という人もいる、しかし 本当に安全な原発というのは ありえないのではないか、と思う、 東北の地震で起きた原発事故も その証拠だと思う。 スベトラーナのほかの作品も読みたいと思う。

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